どんぐりの環境設定や自然保育の考え方で育てているデジタルメディアにあまり触れていない家庭の子どもは、4歳、5歳でも意思の疎通がかなりできます。
あまりしゃべらない子もいますが、こちらの言うことを理解して的確に反応してくれます。
意思のキャッチボールが出来る状態です。
一方で、普通と言われる、テレビ、ゲーム、スマホに小さい頃から親しんでいる子は、滑舌の良い子もいますが、一方的に言いたいことを言うだけで会話のキャッチボールが出来ない子が多いです。
この違いは顕著です。
小学校の低学年クラスに入ってもそう感じました。
これでは、よほど力のある先生でないと小学1年生クラスをまとめ、運営し、かつ学力をつけさせることは出来ないでしょう。
何しろ言葉が通じないのですから、全てをルール化し、作業手順を繰り返し、調教のような接し方になるのは無理のない話です。
しかも、それが高学年クラスを持てない力のない先生ならなおさらです。
クラス崩壊の恐怖から、常に叱り、常に注意し、常に指示をする。
誰が悪い?
多くの家庭だと思います。
小さい子にメディアを与えている家庭だと思っています。
就学前から習い事や勉強で遊ぶ時間を奪っている大人だと思っています。
しかし、そうじゃない家庭も少ないですがおりますし、我が家もその調教に巻き込まれているのが嫌なので、学校に意見を言い、改善の提案をし、ボランティアに入っていた訳です。
忙しいから
大変だから
テレビやゲーム、スマホの育児を肯定する意見の方が多いでしょう。
そういう意見の方を聞きたいでしょうが、所詮親が安心したいがための言い訳なので、子どもにはしっかり異常反応がでます。
この、調教のような学級運営と学習で一番被害が大きいのがデジタルメディアに毒されていない、ゆっくり自分の頭で考える子どもたちです。
目的や仕組みなど理解を伴わない高速の作業の反復に対応するには、「考えない」ということが求められるからです。
だから対策が必要なんです。